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『パンダと爆買い』第4章 感情的距離 感情的距離を克服するには

第4章 感情的距離
      感情的距離を克服するには

 90年代には、領土問題や歴史認識以外にも、日本人と中国人の感情的な
隔たりを感じる場面が複数ありました。
 中国人と接し、直接耳にし、目にした体験の中で、今でも特に覚えている
ことは二つあります。
 ひとつは、90年代日本に数年間留学していた中国人から感じたことです。
年齢は私と大体同じくらいの人。彼の一時帰国のとき、ちょうど私も中国に
数日間行くことにしたので、地方都市にある彼の自宅でお世話になりました。
家族も私にとてもよくしてくれて、初対面の奥さんとは二人きりでも会話が
弾みました。
 留学生とその奥さん、私の三人で話していたときのこと。日本文化と中国
文化比較のような話になり、まだ日本に行ったことのない奥さんの前で、
その留学生は、日本文化のレベルが如何に低いか、語り出したら止まらなく
なったのです。
 あまりにもたくさん並べ立てていたし、正直聞いていて気分が悪かったので、
そのうちのひとつしか覚えていません。それは、日本の歌舞伎が如何にダメ
で、中国の京劇が如何にすばらしいものかというもの。とにかく家族の前で、
低レベルの小日本と比べ、中国の文化が如何に優れているか、中国バン
ザイ! と言いたかったのでしょう。
 私は、彼が日本で嫌な目に遭っていたのも知っています。日本では腹が
立っても言えずに、ずっと心の中に溜めていたものが、一時帰国して一気に
噴き出したかのようでした。日本と中国を比べ、中国に軍配をあげることで、
スッキリしたかったのかもしれません。
 一方で、二人で路線バスに乗ったときは、やたらと日本語で話すんですよ
ね。日本では、いつも中国語で会話していたのに。さっきあんなに日本はダメ
だってさんざん悪口を言っていたのに、バスの中で大勢の乗客に聞こえる
ように日本語でしゃべるって、一体何!? 矛盾しているじゃない。
 でも、少し後になって思うに、日本に住んでみて日本の優れた面を知った
けれど、認めたくない、やはり中国がすばらしいのだ、と思いたい気持ちと、
同時に、オレは先進国日本に留学しているエリートなんだぞ、と田舎に
暮らす中国人たちに見せつけたいという複雑な気持ちが入り混じっての
言動だったかもしれません。
 もうひとつは、日本のある地方自治体の講座で。日本の大学で働くある
中国人の学者と、彼の教え子である中国人留学生数人が出席する、日中
文化交流の話し合いの場のようなものでした。
 来場者からの質問を受け付けているとき、あるおじいさんが、日本は先進
的で中国は遅れている、という前提で質問をしました。質問の具体的な内容
は覚えていないのですが、とにかく中国を下に見る内容だったのは確かです。
 といっても、おじいさんには悪気はないようで、中国にも興味があるみたい
でした。が、やはり中国人が聞くと、かなり腹が立つ内容だったようです。
その場では、中国人の学者は冷静に答えたものの、講座が終わって会場の
片付けをしているとき、大きな声で激怒していました。中国は遅れてなんか
いない! バカにするな! と。
 80年代と比べると、90年代は中国人留学生も増加。それだけ、国が豊かに
なってきていたのです。が、日本では、差別的な、不愉快な経験をした人も、
きっと少なくなかったでしょう。私自身が同じ立場でないので、日本人の私が
見聞きしたのはほんの一部でしょうし、実際にはもっといろいろ理不尽なこと、
悔しいことがいっぱいあったと思います。
 戦争で酷い目に遭わされたという被害者意識。そして、やっと戦後になった
のに、今度は憎い日本が先に経済的発展を遂げたことへの悔しさ。日本に
憧れを抱くとともに、悔しい、負けたくないという思いが、90年代は強かった
と思います。

続きは次回に。(多分、あと2回)。
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プロフィール

はこ

Author:はこ
2011年3月~2014年3月の3年間韓国で生活。韓国滞在中の2013年2月に「もっともっと韓国」開始、完全帰国後も大阪からしばらくの間韓国情報を中心に発信してきました。が、帰国後日本、中国語文化圏の情報が増えたこともあり、タイトルを「もっともっとアジア」にしました。より多様な内容で進めていきますので、今後ともよろしくお願いします!
拙著『不思議がいっぱい韓国』もよろしくお願いします!

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