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『パンダと爆買い』第3章 社会的距離 経済格差と対等なつき合い

第3章 社会的距離
      経済格差と対等なつき合い

 30年も前の記憶を鮮明に蘇らせるのは、難しいものです。
 80年代の留学時、日々の生活で使っていたお金も、何にいくらかかったか、
具体的な数字はなかなか思い浮かびません。ただ言えるのは、当時の中国
での生活費は、日本よりずっと安かったということです。学費と寮にかかる
費用を除き、私の生活費は月に1万~2万円くらいでした。所持金もあまり
なかったので、決して贅沢をしていたわけではないですが、もっと切り詰めれ
ば月数千円でも十分暮らせました。
 今、日本でたくさん買い物をする中国人を目にするので、中国人はお金持
ち、という印象すら受けます。が、私の留学時は、あちこちにコネがあるなど、
社会的に権力のある強い人はいたけれど、著しい収入格差は、私が見た
かぎりでは見当たらず、富裕層らしき人たちはいませんでした。ですので、
私のような、あまり経済的余裕のない留学生ですら、「日本人=お金持ち」の
範疇に入れられました。旅先で、汽車の切符を買うため並んでいたら、いき
なり知らない人から、「お金を恵んでくれ、日本人ならお金あるんだろう? 
だったらそれくらい当然じゃないか」と言われ、周囲の人たちまでそうだそうだ
と言い出して、困ったこともあります。
 経済格差があっても、中国の人はよくしてくれました。家に行けば、ひと月分
の給料をつぎ込んで準備したのでは? と思うくらいテーブルいっぱいの料理
でもてなしてくれました。
 でも、学校の先生と学生数人で食事に行くときは、ほとんど学生のおごり。
特に日本人は、経済的余裕のある企業からの派遣留学生が多かったですし、
日本より物価が安いので、ごちそうしても、大した負担にはならなかったのだと
思います。
 残念なことに、学校の先生の中には、ほんの一部ですが、日本人留学生に、
日本の家電製品などを一時帰国時に買ってくるよう頼む(というより命令する)
人もいました。あとで費用は払う、というのではなく、贈り物としてです。幸い
私の先生には一人もそういう人はいなかったので、本当に一部の話ではあり
ますが、日本人の多いクラスの場合は、先生が生徒に物を要求するという
ことはあったと、実際に要求された日本人留学生から聞きました。
 シルクロードを旅したときは、こんなこともありました。(宿の私が泊まってい
た部屋の)「魔法瓶がなくなった、あんたが盗んだんでしょう?」と、ホテルの
従業員から泥棒扱いされたのです。もちろん、そんなことするはずがありませ
ん。私じゃない、と抗議したけれど、なかなか信じてくれない。「日本人は嘘
つきだから、悪い人が多いから」と。いくら言ってもわかってもらえず、とうとう
泣き出してしまったら、ようやく私が盗んだのではないとわかってくれ、こう
言いました。
「担当する部屋の物品がなくなったら、私が弁償しなきゃいけないの」と。
その金額が、たしか給与の20%くらいだったのではなかったかと記憶して
います。本当にそんなにたくさん弁償しなければいけなかったのかは、わか
りません。とにかく、私にとっては大きな金額ではないけれど、彼女には大き
な負担です。気の毒にはなったけれど、だからといって彼女のためにお金を
出してあげたら、私は泥棒になってしまう。今でも苦い思い出です。

 留学時、旅先では多くの香港人と一緒になりました。路線バスなどの交通
機関はもちろん、内蒙古のゲルに泊まるツアー、青海省の青海湖への1泊
ツアー……旅先にある旅行社のツアーに申し込むという形をとっていたので、
日本人と一緒になることはほとんどなく、代わりに、大勢の香港人に囲まれて
のツアーでした。広東語で、大きな声でガヤガヤガヤガヤ。彼らは、下手だけ
ど一応標準語である普通話が話せたので、普通話で話しました。仲良くなり、
ツアー解散後も一緒に食事に行きました。大陸の中国人と話すのは憚られる
政治や社会についての話も、ざっくばらんにできました。
 そんな経験から、こう思いました。経済格差がなく、社会体制の大きな違い
もないのが、どんなに対等で気楽な関係なんだろう、と。中国人との壁を何
となく感じていたけれど、その原因がはっきりしなかった。それが、経済的に
より平等につき合える香港の人との交流で、わかってきたのです。
 私は爆買いのような買い物の仕方に、100%賛成するわけではありません。
が、中国の一部の人とはいえ、購買力のある人が増えたことで、私は中国人
とのつき合いがとても楽になりました。もちろん、中国は私の留学時からは考
えられないほど国内の貧富の差が拡大していますから、富裕層の出現を、
手放しで喜んではいけない。負の部分もたくさんある。それでも、今は対等な
つき合いができるようになり、やっと友達になれた、と感じます。


 
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プロフィール

はこ

Author:はこ
2011年3月~2014年3月の3年間韓国で生活。韓国滞在中の2013年2月に「もっともっと韓国」開始、完全帰国後も大阪からしばらくの間韓国情報を中心に発信してきました。が、帰国後日本、中国語文化圏の情報が増えたこともあり、タイトルを「もっともっとアジア」にしました。より多様な内容で進めていきますので、今後ともよろしくお願いします!
拙著『不思議がいっぱい韓国』もよろしくお願いします!

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