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『パンダと爆買い』第3章 社会的距離 「国際的」イメージの転換 続き

第3章 社会的距離
      「国際的」イメージの転換 続き

 学びに来ている留学生を見、ここは中国だなあと感じたのは、社会主義の
国の人が多かったこと。クラスに、ソ連(当時)からの留学生が何人かいまし
た。みな人なつこくて、親しくなり、部屋に呼ばれて遊びに行ったこともありま
す。あるロシア人女性は、黒竜江省に近い所の出身で、中国に買い物に行く
人が多いと話していました。「中国では服をはじめとして、いろいろ売っている
から」と、うれしそうに話していたのが、中国での買い物を不便に感じていた
私には、不思議でした。
 そういえば、以前は中国人が学ぶ外国語はロシア語でした。今は英語なの
でしょうけど。英語は苦手だけど、ロシア語はわかる、という知り合いが何人
かいます。年配者だけでなく、私が2000年を過ぎてから日本の高校で教えて
いたある中国人生徒も、ロシア語はできるけれど英語は難しいと言っていて、
驚きました。その生徒は黒竜江省出身。おそらく地域性もあるのでしょう。
 東欧からの留学生もいました。最初、先生が言う「南斯拉夫」(ナンスーラー
フー)の意味がわかりませんでした。ユーゴスラビアのことでした。とても
まじめで勉強熱心な留学生で、授業中も積極的に発言していました。
 その他、特徴的だったのは、華僑、華人がいたことです。同級生には、モー
リシャスからの中国系の学生がいて、彼女とはとても親しくなりました。彼ら
は血筋としては中国人。その人の家庭環境によるので、中には中国語が全
くできない人もいますが、家庭では日常的に中国語で話す人もいます。なの
で、そういう人は、会話はとても上手。だけど、漢字がわからない。漢字を見
たら意味はわかるけれど、聞くだけだと意味がつかみにくいという日本人には、
うらやましいかぎりでした。
 同様のことは、のちに韓国で韓国語を勉強したときにもありました。アメリカ、
ブラジル、アルゼンチン、オーストラリアなどから来た韓国系の学生たちは、
ペラペラなのに、聞き取りや読解の試験は苦手。聞き取りは100%わかるの
に、問題用紙に書かれた選択肢を読むのが大変だと話していました。
 子どものころ、私が「外国」としてイメージしていた欧米の学生もいました。
寮は2人部屋だったのですが、フランス人、イタリア人などヨーロッパの学生
やアメリカ人がとっかえひっかえで何人かとルームメートになりました。その
ころの印象では、西欧やアメリカからは、長期留学生よりも、このように短期
留学生が次々とやってくる状態でした。ルームメートになった人たちの中に、
中国語が上手な人は一人もおらず、私は苦手な英語で部屋の使い方など
必要な話をするしかありませんでした。彼女たちは、中国語を学ぶというより、
安い料金で滞在し中国を楽しむ、というふうに見えました。
 寮の中だけでなく、当時は英語がよくできる中国人はあまりいなかったので、
特に地方旅行に行くと、中国人と欧米人旅行者の通訳をさせられたものです。
もちろん、そういうときは残念ながら日本語は関係ありません。やたらとボディ
ランゲージで必死になっている様子は、傍から見たら滑稽だっただろうなと
思います。
 このように、中国で日本とは違う国際的な世界を体験したことは、肌の色や
におい、食習慣、宗教などが違う人たちにあまり違和感を抱かないことや、
その後世界のどこかで何かが起きたとき、日本のニュースで流されるまま
物事を見ないなど、自分の物の見方や感じ方に大きな影響を与えてくれま
した。

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プロフィール

はこ

Author:はこ
2011年3月~2014年3月の3年間韓国で生活。韓国滞在中の2013年2月に「もっともっと韓国」開始、完全帰国後も大阪からしばらくの間韓国情報を中心に発信してきました。が、帰国後日本、中国語文化圏の情報が増えたこともあり、タイトルを「もっともっとアジア」にしました。より多様な内容で進めていきますので、今後ともよろしくお願いします!
拙著『不思議がいっぱい韓国』もよろしくお願いします!

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