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『パンダと爆買い』第2章 2度目の留学 香港での衝撃

第2章 2度目の留学
      香港での衝撃

 外国に友達がいるとうれしいけれど、悩ましいのがお土産選び。日本人に
人気の定番土産でも、外国人に同じものを渡しても喜ばれないときもありま
す。
 たとえば、家族の転勤で韓国に住んでいたとき聞いた話ですが、韓国出張
で日本人が土産に持って来るせんべいは、いつまでも置かれたままで、結局
韓国人スタッフでなく日本人駐在員が食べる、というふうに。中にはせんべい
が好きな人もいるかもしれませんが。
同じせんべいでも、海老せんべいは歓迎、と聞いたので、しばらくは一時帰
国の折に手土産として買っていました。
 1983年、最初の訪中に持って行ったものは何だったかな? かすかな記憶
ですが、ストッキングとボールペンだったと思います。大学の先生の紹介で、
留学先で何人かの中国人と会うことになっていたので、留学経験のある先
輩に何を持って行ったらいいか尋ねたところ、たしか「ストッキングとボール
ペン」という答えが返ってきたのです。
 えっ!? と思いました。日本ではまず手土産で持って行くようなものでは
ないですし。これでいいの? と。でも、文化事情も違うだろうから、アドバイス
通りにしていたらいいのかな、と準備しました。
 その後、日本のある団体を通じて文通相手を探し、文通していた中国人
には、日本語がとても上手だったので、日本の本をお土産にしました。
山口百恵のエッセイでした。それはそれは大変な喜びようでした。
 今は、中国人に人気のある日本の有名人は実に多様ですけれど、当時は
情報が限られていたからか、割合固定されていました。中国で放映された
日本の映画やドラマの影響が、やはり大きかったです。山口百恵、高倉健、
中野良子、おしん、寅さん。
洗濯機についての文のところで、日本のメーカー名を中国人からよく聞かさ
れたと書きましたが、それに負けないくらいよく耳にしたのが、日本の俳優
の名前や映画、ドラマのタイトルです。あとは、政治家ですね。特に、田中
角栄の名は、何度も聞きました。
 中国語は、日本人の名前や地名を、中国語の発音でそのまま読むため、
一度慣れると大丈夫なのですけれど、初めて聞くときは、いつも、はあ!?
という感じで、困惑しました。割と最近では、「トゥンユエンチーシアン」と聞い
て、??? ぽかんとしていたら、漢字で書いてくれたので、判明。「藤原紀
香」でした。シャンコウバイフイ(山口百恵)だったら、すぐわかるんだろうけど
なあ。でも今の若い中国人の口から、山口百恵の名前が出てきたことは、
私が出会った人では一人もいないです。
 お土産の話からそれてしまいましたが、話を戻すと、80年代留学していた
ころは、それだけ生活用品の普及度が日中で異なっていたといえるでしょう。
贅沢さえしなければ、当時中国で売られていたものでも十分生活できました。
が、日本での生活からいきなりタイムスリップしたような生活となり、日本では
当たり前のように手に入っていたものも手に入らなくなり、知らない間にストレ
スがたまっていきました。自分では全く自覚がなかったのですが、1985~86
年1年間留学したとき、冬休みに香港へ旅行に行って、そのストレスが大きい
ことを感じました。
 実に衝撃でしたね。きらびやかな夜景、デパートや繁華街に溢れるモノ、
モノ、きれいなレストランなどなど。北京でなかなか手に入らない洋菓子から
プラスチック製の収納用品まで、とても手荷物では持ちきれないほど買い物
をし、郵送しました。
 買い物依存症でもないし、ものが多ければ多いほど幸せだとも思いません。
が、生きていく上で、ある程度物質的に充足していたほうがストレスは少ない
かもしれない、と感じました。断捨離やミニマリストという言葉も普及しました
が、そのほうが引っ越しは楽だなあと思いながら、そういうライフスタイルに
あまり魅力を感じないのは、80年代の留学生活で物質的に不便な思いを
したことが関係あるかもしれません。
 香港は、初訪問があまりにも衝撃的で、私にとっては地上の天国に思える
くらいすばらしい場所となりました。日本に帰国してからも、そのキラキラした
憧れの香港を、期待いっぱいの心で再訪しました。ところが、初めてのときの
ような感動はあまりなく、あれっどうしてだろう!? と、我ながらショックでし
た。
 初香港が感動的だったのは、やはり北京で数カ月生活した上で行ったから
だったんだ、とそのときわかりました。

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プロフィール

はこ

Author:はこ
2011年3月~2014年3月の3年間韓国で生活。韓国滞在中の2013年2月に「もっともっと韓国」開始、完全帰国後も大阪からしばらくの間韓国情報を中心に発信してきました。が、帰国後日本、中国語文化圏の情報が増えたこともあり、タイトルを「もっともっとアジア」にしました。より多様な内容で進めていきますので、今後ともよろしくお願いします!
拙著『不思議がいっぱい韓国』もよろしくお願いします!

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