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『パンダと爆買い』第1章 中国との出会い 最初の外国、最初の中国

第1章 中国との出会い
      最初の外国、最初の中国

 今でこそ海外旅行は当たり前のようになり、贅沢なことではなくなりました。
行先や行く時期によっては、国内旅行より安いくらいです。
 私が大学生のころは、学生でも海外旅行に行くようになっていたとはいえ、
そうそう安く、気軽に行ける時代ではありませんでした。大学入学前はもっと
そうで、高校を卒業するまでは、外国なんて一生に一度行けるかどうかかな、
と思っていたものです。
 1981年大学に入学し、パンダやシルクロードをきっかけに興味を持った
中国の言葉を、一般教養で習い始めました。当時は、どこの大学でも中国語
が勉強できるというわけではなく、英語以外の外国語といえば、アジアの
言語よりフランス語やドイツ語といった、ヨーロッパの言語でした。なので、
大学受験のときは、中国語が学べる大学を探しました。
 2年次から中国文化を専攻。厳しい授業、特にゼミでは内容が難しいのは
もちろん、学生数が極端に少ないマイナーな専攻だったので、最初のうちは
本当にしんどかったです。でもそんな中で鍛えられ、だんだん中国語って
楽しいな、と思えるようになりました。当時は大変貴重だった中国人留学生
に、週末会話の授業をしてもらったのも、刺激になりました。
 中国語や中国への関心が強くなる中、有難いことに夏休みの中国短期
留学の機会を得ることができました。改革開放がすでに始まっていたとは
いえ、まだ個人で業者を通じて留学するのは難しい時代でした。が、幸い、
大学の先生が中国の大学とつながりがあったので、その縁で同級生何人
かと留学しました。私以外は専攻は別で、一般教養で中国語を学んだ学生
たちです。
 こうして念願叶って行ったのが、1983年の夏。大学3年生のときでした。
私にとっては、初めての外国でもありました。
 もう30年以上前になりますので、記憶はおぼろげです。が、今でも頭に
浮かぶことがいくつかあります。留学した北京では、土の色が日本と違う、
ほこりっぽい、木が少ない、乾燥している、レンガ造りの家、においが違う、
自転車の洪水、人民服……
 子どものころの外国のイメージは、どちらかというとヨーロッパの家並みの
ほうが強いですね。行ったことはないものの、映像を通して見る外国は、
やはり欧米の建物や風景でした。
 それと比べると、初めての外国・中国は、同じアジアの国だし、漢字の国。
完全な外国ではないけれど、微妙に違う。不思議な感覚でした。

―今回はここまで。続きは、次回に!(^^)!―

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プロフィール

はこ

Author:はこ
2011年3月~2014年3月の3年間韓国で生活。韓国滞在中の2013年2月に「もっともっと韓国」開始、完全帰国後も大阪からしばらくの間韓国情報を中心に発信してきました。が、帰国後日本、中国語文化圏の情報が増えたこともあり、タイトルを「もっともっとアジア」にしました。より多様な内容で進めていきますので、今後ともよろしくお願いします!
拙著『不思議がいっぱい韓国』もよろしくお願いします!

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