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電話の普及 ―韓国編―

花見も一段落。
少し前に書いた「電話の普及 ―中国編―」に続き、今日は韓国編です。
といっても、詳しい情報があるわけではなく、私が韓国で感じた範囲の話
です。

私の初訪韓は、2004年。
このころと、住んでいた2011~2014年も、電話に限らず様々な面に
おいて、かなり違いました。
が、20世紀後半はどうだったのかは、行ったことがなく、人から聞く話が
頼りでした。
私は、旅行ではあったものの、2004年に何度か訪れた感じでは、特別
不便に感じることもそんなになかったです。
でも、私よりだいぶ前に訪韓した人の話を聞くと、トイレその他、特に地方で
は不便だったようです。
そんな話から、韓国社会は生活の便利さという点で、短い間に急速に
変化があったんだなあ、と感じます。

そして、韓国に住んでいたとき、博物館や資料館などの展示を見て、
その急速な変化を感じていました。
そのひとつが、電話の普及です。
2012年12月、ちょうど大統領選のとき、知人の案内で朴正煕大統領紀念・
図書館を訪れました。
韓国が如何に発展したかという展示がほとんどだったのですが、その中に
農漁村の電話の普及率についての展示がありました。
1969年 23.3%
1979年 98.7%
10年間で、これだけ変わったのですね。

2012年12月19日 朴正煕紀念館 農漁村電話普及率

大統領選前、友人と会うと誰に投票するかという話題が自然と多く
なりました。
意外だったのは、リベラル派だと思っていた友人が、迷いなく今の朴大統領
がいい、投票する、と言っていたことです。
最初は本当に理解できませんでした。
友人たちの性格、思想的傾向と結びつかなかったからです。
でも、韓国滞在中如何に経済発展したかという展示をあちこちで見、
友人の親世代はもともとすごく貧しかったけど、経済発展のおかげで村に
電気が通り、高速道路ができ、白いお米が食べられるようになり……
という話をあちこちで聞かされ、今の大統領の親である朴正煕大統領の
時代に暮らしが大きく変化した、ということが投票につながったのだろうか、
と思いました。
当時をどう見るかは、様々な視点が必要なので、経済発展だけから見て
はいけませんが、それでも、生活が豊かになることが如何に人々にとっては
大きいか、を感じさせられた次第です。

そして、私が韓国に引っ越した2011年春。
夫の会社から渡されたのは、アイフォンでした。
番号も決められた状態で。
(月々の通信料は、自分で支払っていました)。
当時私は日本でガラケーしか使ったことがなく、???なことばかりで、
ちょっと不具合があるとすぐお店に駆け込んでおしえてもらっていました。
たしか5年前の日本では、まだガラケーが多かったと思います。
(今も私の知り合いだけでも、ガラケー使用者が少なくありません。
日本は通信料が高いですしね……)
が、韓国はそうじゃなかったですね。
驚いたのは、年配者もスマホを普通に使っていたことです。

最初は使い方がわからず、本当に困りました。
ただでさえわからないことだらけでストレスいっぱいなのに(;;)
でも、使い慣れてきたら、生活の質も向上。
特に、出かけるときの交通情報は、本当に便利でした。
そのおかげで、ソウル市内なら一人でバスに乗りどこでも行けるように
なりました。
間違い電話がよくかかってきて、しかもかけてくる人は私がその人の
友達だと思いこんでかけてくるので、いきなり知らない韓国人の名前で
呼ばれ、困惑することもありました。
私は日本人で、あなたの知り合いじゃない、とたどたどしく言うと、
ものすごくがっかりされていました。
でも今ではそれも、なつかしい思い出です(^-^)



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プロフィール

はこ

Author:はこ
2011年3月~2014年3月の3年間韓国で生活。韓国滞在中の2013年2月に「もっともっと韓国」開始、完全帰国後も大阪からしばらくの間韓国情報を中心に発信してきました。が、帰国後日本、中国語文化圏の情報が増えたこともあり、タイトルを「もっともっとアジア」にしました。より多様な内容で進めていきますので、今後ともよろしくお願いします!
拙著『不思議がいっぱい韓国』もよろしくお願いします!

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