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電話の普及 ―中国編ー

少し前に、聞き取り用の中国語教材を買ったこと、記事に書きました。
『街なかの中国語Part3』(東方書店)。
タイトル通り、街なかの雑音などが入る録音。
中国語は、たとえ標準語でも韓国語以上に話し手個人個人の差や
地域差が激しい言語です。
なにしろ言語人口も、桁違いですからね。
中国人同士でも、出身地が全く違うと、話がわかりづらいのだそう。
ましてや外国人となると、教室ではよく理解できても、人ごみの中に出たら
さっぱり(;;)
その困難を少しでも克服するため、有効な教材です。
毎日はできないけど、4分の1くらい終わりました。
ざっと大まかにでも、とにかく一度全部やってみることが、当面の目標です。

さて今日のテーマは、教材や語学の話ではありません。
この『街なかの……』の中の「地球村」という話には、中国の1970年代の
電話事情が紹介されています。
この話を勉強し、1985年秋から一年北京に留学したときの電話事情を思い
出したので、今日はその話を(^^)

2016年3月2日撮影 『街なかの中国語』電話の話

教材に出てくる電話事情の話は、私の留学より10年くらい前です。
が、私が留学していたときも、あまり変わりませんでした。
当時留学生寮に入っていて、電話は寮の共用のを使っていました。
たしか北京市内は無料でした。
が、ここから中国国内の長距離電話はかけられなかったです。
受信はできたかな……
国際電話はだめでしたね。
千葉の実家に電話するときは、いつも大きなホテルに行ったり、
NTTみたいな所に行ったりしていました。

これが大変でした。
電話をかけるためにわざわざ出かけることだけではありません。
まず、順番待ち。
そして、つながるまで時間がかかりました。
なので、国際電話をかけるときは、ある程度時間を確保して
出かけましたね。
そんな感じだったので、親とのやり取りはほとんど手紙でした。
友人に電話かけることは、まずなかったです。全て手紙。
2001年、学校の仕事の夏休みを利用し、大連の大学に短期留学したの
ですが、そのときは寮の部屋に電話付き!
時代は変わったなあ~と感じました。
そして今は固定電話も必要ないくらいになってしまいましたね。

おぼろげな記憶ではありますが、北京留学当時、国際電話をかけるのと
中国国内で長距離電話をかけるのとでは、後者のほうがより不便で
つながりにくかったという覚えがあります。
『街なかの……』にも似たような話が出てきていて、北京電信大楼から
江西省に電話するとき、順番待ちで2時間、さらにダイヤルしてから
つながるまでに長い時間がかかったと。
私は地方の友人への連絡は、電話が不便だったので、時間に余裕が
あるときは手紙、急ぎのときは電報!を打っていました。
日本で電報っていうと、祝電や弔電以外のイメージはあまりないですけどね。
私は「いつ何時に上海に到着」というような連絡を、必要にせまられて
電報でしていました。

あと、この教材にも出ていたのですが、昔中国では、各家庭に固定電話は
なく、友人に電話連絡するときは職場にかけていました。

今ではなつかしい思い出ですが、かなり不便でしたねえ。
タイムスリップして同じ生活、は無理かも(^_^;)

韓国の電話事情の話を、また今度!(^^)!
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プロフィール

はこ

Author:はこ
2011年3月~2014年3月の3年間韓国で生活。韓国滞在中の2013年2月に「もっともっと韓国」開始、完全帰国後も大阪からしばらくの間韓国情報を中心に発信してきました。が、帰国後日本、中国語文化圏の情報が増えたこともあり、タイトルを「もっともっとアジア」にしました。より多様な内容で進めていきますので、今後ともよろしくお願いします!
拙著『不思議がいっぱい韓国』もよろしくお願いします!

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