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韓日交流会トークイベント「こころをつなぐ朝鮮通信使」に参加して

台湾の地震、北朝鮮のミサイル。
自然災害と軍事関係を一緒してはいけないかもしれませんが、
つらいニュースがこの週末続きました。
旧正月なのに……
先日台湾に行ったばかりということもあり、地震の被害状況は本当に
気がかりです。

そういう中で書くのもなあ、と思ったのですが、昨日参加したトークイベント
がよかったので、今日はその話を書きたいと思います。

昨日大阪で参加したのは、駐大阪韓国文化院と大阪歴史博物館共同
イベントである、

韓日交流トークイベント
こころをつなぐ朝鮮通信使
~交流の遺産を未来へ~

です。
詳細はホームページなどに載ると思うので、お話された3人の方の話の
内容から、特に印象に残ったことを書きたいと思います。

仲尾宏京都造形芸術大学客員教授の話のタイトルは、
朝鮮通信使の歴史とその意義。
最も印象に残ったのは、最後の部分でした。
朝鮮通信使が最後に日本に来たのは、1811年。
実はその後も、計画があったそうなのですが、指導者の交代時期の問題や
国内情勢の混乱などで、結局実現せず、1811年が最後になってしまったのだ
そうです。
歴史にもしも、はいけないけれど、もしも朝鮮通信使が継続して来日して
いれば、この後の社会情勢はもっと違った形になっていたのではないか、
というお話、思わずうなずきました。

次に話されたのは、大阪歴史博物館の大澤研一氏で、
大坂と朝鮮通信使―残留の船乗りたちの日々にみる交流―
というタイトルでした。
約500人の通信使のうち、江戸に向かったのは約400人で、残りの約100人
は、一行が大坂に戻るまで約2ヶ月間大坂に留まっていたのだそうです。
その間にどう過ごしていたか、少ない資料からわかることを聞きました。
船の修理をしていた、病気の者を日本側が診療した、船で過ごす船乗りの
運動不足解消に、下船させ相撲をとらせた……
船乗りの存在は、よく考えたら当たり前(船乗りがいないと船は動きません
から^_^;)なのに、通信使の船乗りたちがどんなだったかなんて、考えた
こともありませんでした。
ゆかりの地がうちからそう遠くない所にいくつかあるようなので、訪れて
みたいです。

元高麗美術館研究員の片山真理子氏からは、「朝鮮通信使と文化交流」の
中で、「書画作例に見る韓日交流のながれ」についてでした。
書画を通しての交流については、兪弘濬教授の著書にも紹介があり、
興味をもっていました。そして、その著書に出てきた画員金明国についての
話もありました。
自分がちょっとでも本(特に原書)で読んで知っていた人物や出来事が
こうした講演会で出てくると、とてもうれしくなります。
本をもう一度読み直してみようと思います。

話を一人ずつ聞いた後は、3人の方のトークイベントでした。
そのときだったでしょうか、日本で韓国の絵画を研究する人が少ない、という
話が出たのです。
ソウルに住んでいたとき、韓国の絵画特に朝鮮王朝の絵画に関心をもった
のですが、日本での関連資料が少ないなあ、もったいないなあ、と思って
いました。
やっぱりあまり研究者がいないのですね。
書画を通した文化交流から日韓の歴史を見るのはとてもいい視点だと思う
ので、今後こういったテーマで日本でも話を聞いたり話しあったりする機会
が増えたら、と思います。

もうすぐ大阪歴史博物館で、朝鮮通信使関係の展示が始まるので、楽しみ
です。
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プロフィール

はこ

Author:はこ
2011年3月~2014年3月の3年間韓国で生活。韓国滞在中の2013年2月に「もっともっと韓国」開始、完全帰国後も大阪からしばらくの間韓国情報を中心に発信してきました。が、帰国後日本、中国語文化圏の情報が増えたこともあり、タイトルを「もっともっとアジア」にしました。より多様な内容で進めていきますので、今後ともよろしくお願いします!
拙著『不思議がいっぱい韓国』もよろしくお願いします!

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