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『雨森芳洲と朝鮮通信使』 展覧会とシンポジウムへ

昨日、朝鮮通信使ユネスコ記憶遺産登録推進事業の一環である
『雨森芳洲と朝鮮通信使』の展覧会と記念シンポジウムに行ってきました。

シンポジウムは、昨日の午後長浜文化芸術会館ホールで行われました。

2015年10月17日 長浜文化芸術会館ホール

展覧会は2会場あり、高月会場・高月観音の里民俗資料館のほうに行き
ました。(今月25日まで)

2015年10月17日 高月観音の里歴史民俗資料館

長浜会場・長浜市長浜城歴史博物館は、残念ながら時間的にむずかしく
あきらめました。(こちらは今日18日まで)

この催しを知ったのは、どこかの博物館か美術館に置いてあったチラシ
からです。
展覧会の情報は、どちらかというとネット検索よりも、何かの展示を見に
行ったとき、そこに置いてある他の博物館美術館のチラシから、という
ことが多いです。
大阪から新快速に乗ればいいとはいえ、交通費も決してバカにならない
金額です。が、以前から関心の強かったテーマなので、これは絶対行かな
ければ、と思っていました。
幸い、JR西日本一日乗り放題きっぷの有効期間だったので、このきっぷを
利用しました。食事代くらいはおトクになりました(^◇^)
ちょうど彦根でゆるキャラ祭りがあったようで、車内はにぎやか。
「ゆるキャラさんが……」と語るお兄ちゃんの声も聞こえてきました。
彦根を過ぎたら、車内は急に静かになりました。
私も、ゆるキャラにも魅かれるものはかなりありましたが(^_^;)

展覧会でもシンポジウムでも、雨森芳洲の考えが今に通じる、というか、
今こそ活かさなければ、と強く感じました。
展覧会のチラシをもとに、雨森芳洲(1668~1755)について簡単に紹介
します。

……
雨森村(現・長浜市高月町雨森)出身と伝える雨森芳洲は、江戸時代中期、
対馬藩に仕えた儒学者です。
藩では隣国朝鮮との交流で「誠信(誠意と信義)の交わり」を説き、幕府と
朝鮮側との折衝役として様々な交渉にあたりました。
その対等互恵・相互理解の思想は、そのまま現代の国際認識にも当て
はまり、時空を超えてなお、我々に異文化理解・多文化共生の指針を示す
「記憶遺産」といえます。
……

中国語・朝鮮語に秀でていた芳洲は、「異なった文化は本質的に平等で、
民族間に文化上の優劣はなく、それぞれの民族にとってかけがえのない
ものである」と考え、外交にあたっては、「こちらの尺度だけで相手を測っ
てはならず、相手の国の歴史・風土・考え方・言葉・習慣・人情や作法
などをよく理解し、よく尊重し合って付き合うべき」だと主張しました。
うーん、まさに今に当てはまる、今だからこそ大事にしたい言葉、考え方
ですよね。

シンポジウムではお話はもちろん、朝鮮通信使ゆかりの伝統民俗芸能
「唐人踊り(津市分部町)」の公演も見られてよかったです。
唐人踊りの存在は知っていたけれど、なかなか実際に見る機会が
なかったので。ぜひ保存、発展していってほしいですね。

ところで、私が雨森芳洲を知ったのは、意外なルートからでした。
今度、そんな話も書きたいと思います。

―おまけ―
長浜に行くと、食の楽しみ、町並みを見る楽しみもあります。
昨日も何かのイベントなのか、着物姿の人がたくさん。
町おこしの代表例ですね。
韓国の新聞にも町おこしの話題で長浜が紹介されていたことがあります。
その話は、2013年5月24日のブログ記事「韓国語 面白い表現 十匙で
一人分のご飯」(カテゴリー:言葉)に書きました。
残念ながら、本には載せたい話が多すぎて、この話は削ってしまったの
ですが、よかったら読んでみてくださいね。
昨日は、琵琶湖の夕景も楽しめました。

2015年10月17日 長浜 琵琶湖夕景1

2015年10月17日 長浜 琵琶湖夕景2


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プロフィール

はこ

Author:はこ
2011年3月~2014年3月の3年間韓国で生活。韓国滞在中の2013年2月に「もっともっと韓国」開始、完全帰国後も大阪からしばらくの間韓国情報を中心に発信してきました。が、帰国後日本、中国語文化圏の情報が増えたこともあり、タイトルを「もっともっとアジア」にしました。より多様な内容で進めていきますので、今後ともよろしくお願いします!
拙著『不思議がいっぱい韓国』もよろしくお願いします!

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