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慶尚道の旅 鹿洞書院そして……

昨日、おととい(9月22~23日)、慶尚道一泊二日の旅をしました。
一日目が鹿洞書院、昨日二日目は、海印寺、大伽耶の古墳群。
今日は、一日目の様子について書きたいと思います。

녹동서원(鹿洞書院 ノクトンソウォン)は、歴史に関心のある人は
訪れたことがあるかもしれません。

2013年9月22日 鹿洞書院

鹿洞書院には、김충선(金忠善 キムチュンソン)将軍の位牌が祭られています。
生没年は1571?~1642?43? 日本名は沙也可(サヤカ)。
朝鮮に帰化した日本人と言えば、「ああ」と思い出す人もいるのでは。
実は私は全く詳しくなく、関連図書も読んだことがないんですが、金忠善に関する
本は、日本でもいくつか出されています。

鹿洞書院のすぐそばに、達城韓日友好館(「達城(タルソン)」は鹿洞書院のある
「達城郡」)という新しい建物があり、ここでもらったパンフに書いてあった金忠善の
紹介文を、一部書きます。

(金忠善)将軍は壬辰戦争(文禄の役)の際、加藤清正の右先鋒将
として朝鮮に出兵するが、釜山に上陸してすぐ3千人の部下とともに
礼儀の国として敬っていた朝鮮に帰化した。その後、将軍は火縄銃の
製作技術を伝授し、慶州や蔚山(ウルサン)などの戦いに参戦して
功績を挙げた。その後、朝鮮の宣祖王により金忠善という名が与えられ、
1617年(朝鮮光海君10年)には正憲大夫の官位が授けられた。

……などと書かれていますが、この人物については、疑問・謎が多いようです。
私も、どこまでホントかな?と。
達城韓日友好館は、韓国の博物館や記念館の類の中では珍しく、日本語解説文が
そろっています。
私たちが訪れたとき、当番だった職員が、丁寧に解説してくれました。
この職員は、日本人がよく訪れるので、独学で日本語を勉強したそうです。
ちょっと場所は不便ですけど、一度のぞいてみるのも。
東大邱駅からタクシーで30~40分くらいです。
(バスもあるみたいです)


さて、ここからそう遠くない所に、連れ合いの知人が住んでいるということで、
ちょっとおじゃましました。
家には、知人の幼なじみが集合。
なんでも、小学校時代からの仲良しだとか。
庭にあるテーブルを囲んでだったので、人が入れ替わったりして何人いたか
はっきりわからないんですが、アジョッシ(おじさん)が6人はいたでしょうか。
韓国では、こういうふうに、幼いころの友達とか、高校時代の同級生とか、
大学に入る前までに親しくなった友達同士で結構定期的に会うようです。
もしかしたら、日本よりこういう集まりが盛んかもしれませんね。特に、男性の。
韓国の男性が、どこか人なつこく感じられるのも、こうやっていくつになっても
幼なじみ同士会うからなのかなあ、と思います。

アジョッシの一人が、「昔は、日本人女性と結婚するのが韓国人男性の理想だと
言われてたんだよ」と。
ああ、またこの話か~と思った私、「ドラマや映画で、お帰りなさいませ~って
着物着て三つ指ついて奥さんがご主人を迎える場面が出てくるからでしょ」
「そうそう」
今は誰もいないんですけど……一体いつの時代の映画?
もちろん、相手も冗談で言ってるんですけどね。
韓国で、何度も聞かされた話です。


この日の晩は、海印寺近くの宿を予約してあったので、夕方急いで移動。
リンゴ、桃、柿……
知人宅周辺は果樹園が広がり、それは見事でした。
時間がなく、写真撮れなかったのが残念。
次回は、海印寺についてです^^





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ぱんだパパもんは、りんごもかきも大好き。知人さんの別荘は、天国です。🐼
  • posted by ぱんだパパもん 
  • URL 
  • 2013.09/25 08:51分 
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  • [Res]

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プロフィール

はこ

Author:はこ
2011年3月~2014年3月の3年間韓国で生活。韓国滞在中の2013年2月に「もっともっと韓国」開始、完全帰国後も大阪からしばらくの間韓国情報を中心に発信してきました。が、帰国後日本、中国語文化圏の情報が増えたこともあり、タイトルを「もっともっとアジア」にしました。より多様な内容で進めていきますので、今後ともよろしくお願いします!
拙著『不思議がいっぱい韓国』もよろしくお願いします!

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