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2013年8月全羅道の旅 光州事件の犠牲者が眠る 国立5・18民主墓地

昨晩遅く、ソウルに戻りました。

旅行初日の8月16日、光州事件の犠牲者が眠る
국립5・18민주묘지(国立5・18民主墓地)を訪れました。
写真は、5・18民衆抗争追慕塔です。

2013年8月16日 光州墓地1

光州事件が起きた1980年、私は高校三年生でした。
近くて遠い国ーー
大学入学までキムチの存在すら知らなかった私の韓国のイメージは
実に乏しいもので、韓国と聞いて思い浮かぶのは、
金大中事件と光州事件、そしてチョンドゥファンの顔。
特に光州事件は、こんな近くの国でなぜ……と恐怖感ばかりが募りました。
そんなこともあって、韓国滞在中一度は訪れてみたい場所でした。
というか、訪れなければいけない場所でした。
やっと休暇が取れた家族の計らいで、この度実現しました。

行ってみて、韓国に関心がある人は、一度行くべき場所だと実感しました。
ソウルの博物館にも、近現代史のコーナーはあります。
しかし内容は、輝かしい経済発展が主で、民主化運動については、
「一応展示しましたよ」くらいしか紹介されていません。
光州事件より後の民主化運動で亡くなった大学生の記念館が、
ソウルの新村にあるので、そういう所へ行けばいいのですが、
よほど詳しくないとたどり着けないです。
私はたまたま、そういうことに詳しい韓国人の案内で行きましたが、
おしえてもらわなければ存在すらわかりません。
外国人も行きやすいソウル市内の大きな博物館では、
光州事件のいたみはとても想像できないです。

2013年8月16日 光州墓地2

2013年8月16日 光州墓地3

いまだに遺体が見つかっていない人もいるそうです。
そういう人もまつってありますが、遺体が発見されていない犠牲者は、
遺影すらない人が少なくありません。
遺影を見ると、子ども、学生、お年寄り、お父さんお母さん……
普通の人ばかり。
本当に胸がいたみます。
封鎖状態で食べ物にも困った当時、銀行強盗や、スーパーなどでの食料の略奪も
起こらず、みな食べ物を分け合って食べたという追慕館での説明書に、
言葉を失いました。

場所は、市の中心部からは離れていますが、中心部から「518」バスで
行くことができます。
本数は、大体30分間隔くらいです。
私たちは、行きはタクシーで行きましたが、帰りはタクシー会社に電話を
かけたところ、「そっち方面に今タクシーはありません」、ガチャッ。
ということで、バスで中心部のホテルまで行きました。
所要時間1時間弱でした。
バス停名は、국립5・18민주묘지(国立5.18民主墓地)です。

2013年8月16日 光州墓地4

光州事件のことは、恥ずかしながら、まだあまり詳しくないですが……
関連ドラマ、映画もいくつか出ていますよね。
私はドラマ「砂時計」(1995年)、映画「光州5・18」(2007年)そして、
昨秋韓国で「26年」を見ました。
「26年」は、封切り前だったかしら、市庁前の広場でイベントがあり、
ハン・へジン、チン・グ、ぺ・スビンなど出演俳優の姿を遠くから眺めました。
ドシャブリでみな傘をさしていたし、よく見えなかったけど。
こういった作品も、ぜひ多くの人に見てもらいたいです。












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全斗カンは、悠々と時々ゴルフもして余生をおくっているようです。人間の世は、決して平等ではありません。ぱんだを見習おう@(・●・)@
  • posted by ぱんだパパもん 
  • URL 
  • 2013.08/21 14:55分 
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プロフィール

はこ

Author:はこ
2011年3月~2014年3月の3年間韓国で生活。韓国滞在中の2013年2月に「もっともっと韓国」開始、完全帰国後も大阪からしばらくの間韓国情報を中心に発信してきました。が、帰国後日本、中国語文化圏の情報が増えたこともあり、タイトルを「もっともっとアジア」にしました。より多様な内容で進めていきますので、今後ともよろしくお願いします!
拙著『不思議がいっぱい韓国』もよろしくお願いします!

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